「で、コレは一体どうする?」

恐い物知らずの庵樹里華が、紅虎が離れたことで一人になった辰伶を起こしながら言う。

寝ている時は大人しいのか、辰伶は庵樹里華に抱きつこうとはしなかった。

「う〜ん、そうねぇ・・・じゃあ、アキラ・・・」

「な、何ですか・・・」

暫く悩んでいた灯から名指しされ、悪寒を感じたアキラは逃げ腰になりながら答える。

「取りあえず、トラの代わりに辰伶の抱き枕になって。」

「なっ何で私が!!嫌ですよっ絶対にしません!他の人に頼んでください!!」

警戒の為、随分と灯から離れてアキラが叫ぶ。

「え〜何でよ。可愛がって貰えるわよ?」

「結構です!!なんで漢なんかと・・・しかもよりにもよって辰伶・・・」

青い線を背負って、ぶつぶつとアキラが呟く。

「でも、そうするとつじつまが合わないよね。あの会話を聞く限り、辰伶さんって下じゃなかったっけ?」

あの会話とは、ほたるの“あの夜”発言のことを言っているのだろう。

上が、あそこまで恥ずかしがるのはおかしいと幸村は言いたいらしい。

「うーん・・・、それもそうね。」

「きっとアレだ。漢だから上も下もできるんだろ。起用だよな辰伶の奴。」

近くにいた遊庵が勝手に会話に入り、うんうんと一人で納得している。

「あら遊庵、あんたもいける口?」

「おうよ。任せとけ!実はオレも前から螢惑の奴を怪しいと思ってたんだ。」

「どんな風に?」

遊庵の言葉に興味深々に皆が耳を傾ける。灯にいたっては、目を輝かせて体を乗り出していた。

「夕方辺りにふらふらっとどっかに行ったかと思ったら、

次の日の朝には何事もなかったかのように帰って来ることが何回かあってよ、

外に女でも作ってんのかと思ってたんだが、まさか男作ってやがるとはな。」

アッハッハと何事もないように遊庵が笑う。

「え、朝帰りが何回かあるの?」

「まぁな。いつも嬉しそうに帰って来るぜ。」

ほたるが帰って来る度に“よ、色男!”とからかっているのだからよく覚える。

「あ・・・そういえば、ここにほたるが帰って来てから辰伶が一度腰を押さえて来たことが

あったわね・・・。ぶつけたって言ってたけど、あれは・・・」

思い当たる出来事があり、灯は少し考える。それを言ってから、幸村と顔を見合わせてニッと笑い合う。

「・・・もう決まりだね。」

「そうよね。・・・ねぇ、ほたる(さん)」

声を揃えて二人がほたるに近付く。

「何?」

迫ってくる二人に臆することなくほたるが答える。

「さっき言ってた“あの夜”って何のこと?辰伶さんと何かあったの?」

「ねぇ、それって辰伶が腰を押さえていたのと関係あるんでしょ?勿体振らないで教えなさいよ。」

ゆっくりした口調で尋ねる幸村と違い、灯は早口でほたるに詰め寄る。

「姐ちゃん、そんなにまくし立てたら螢惑が喋れねぇぜ?で、実際どうなんだ螢惑?」

遊庵はどうどうと灯を宥めて、もう一度ほたるに尋ねる。

「ん、腰?ああ、あの時か・・・辰伶仕事行ったんだ。無理しない方がいいって言ったのに。」

「え?やっぱりあんたが原因なの!?」

宥めていた遊庵を吹っ飛ばして、灯はガシッとほたるの服を掴む。

流石にそれにはほたるも驚いたようで、一瞬だけ目を見開いた。

「・・・んーまぁオレが原因って言ったらそうなのかな?でも半分自業自得だと思うけどな―」

「自業自得?もうっ!何があったのかハッキリ言いなさいよ!」

わざとなのか素なのか、肝心なところをなかなか言わないほたるに、

痺れを切らした灯がほたるをぶんぶん揺する。

「え、でもさっき辰伶と言わない約束したし・・・。」

「大丈夫!今辰伶さんはぐっすり寝てるから!」

「ていうか辰伶との約束がそんなに大事なの?そんなに辰伶が好き?」

こうしてかまをかければ引っ掛かるかも知れないと思った灯の考えはある意味当たった。

「オレが?有り得ないし。辰伶はキライだもん。」

そう言うほたるの言葉に、前程の刺がないことに気付かない灯ではない。

騒ぎ立てたのは自分だというのに、呆れ半分感心半分の息を漏らす。

「全く・・・で、結局何があったのよ?何ならあと5回分の治療を無償でしてやってもいいわよ?」

「え、それ本当?」

「勿論vv」

「じゃあ・・・やっぱ止めとく。」

灯の言葉で話し出そうとしたほたるだが、何かを見てその口を閉じた。

「えー何でよー。」

ほたるから聞き出すことしか頭にない二人は、そのことに気付かない。

「灯ちゃん、ユッキー・・・オレ、二人のことは忘れないからね?」

「「え・・・?」」

二人の肩にポンと手を置いて、理解不可能なことを言い残し、ほたるはその場を立ち去って行く。

「ちょっと待ちなさいよ、ほたる!・・・何なのよ、あの子ったら・・・。」

「まるで僕たちがこれから死ぬみたいな言い方・・・!?」

そこまで言ってようやく二人は、後ろから迫る殺気に気付いた。

「貴様ら・・・人が寝ている間に一体何をしている・・・?」

ゆっくり振り向くと、怒りが頂点に達した辰伶が腕を組んで仁王立ちしていた。

「アレ?辰伶さん、酔って寝てたんじゃ・・・」

「いつまでもあんな所で寝ていられるか!!もう我慢ならん!全員そこへ直れ!!」

「「「ええっ!?」」」

ビシッと指をさして全員を睨む辰伶に、周りにいた者が驚いて声を上げる。

「言い訳は聞かん!!大体貴様らはいつもいつも人の話を聞かん上に相手が嫌だ

と言っていることでも力づくで無理矢理実行することを恥ずかしく思わんのか!人間としてどうかしているわ!

その上、あることないこと勝手に騒ぎ立ておってこっちとしてもいい迷惑なんだっ!

螢惑を使って人の過去を詮索することも許されるようなことではないのだぞ!!

それにだな・・・ってこらぁ!そこっ!話を聞けぇぇ!!」


詰まることなく一息で怒鳴り散らす辰伶に感心しつつも、

付き合ってられるか!と思った者達がこっそりその場を離れようとしたが、

それすらも目敏く見つけた辰伶の水龍を喰らうこととなった。

「あ〜あ。始まった。だから止めといた方がいいって言ったのに。」

何が起こるか分かっていたほたるは既にその場から離れており、

少し遠くにいた狂や紅虎やサスケのいる所で一息ついて、ポツリと呟く。

「始まったって何のことだ、ほたる・・・。」

ほたるのすぐ後ろにいた狂がジロッとほたるを睨み上げる。

「だから、辰伶がお酒飲んだ後にする最後のこと。これが一番ウザイんだよね・・・」

しかも長いし、と続けるほたるを見て、紅虎が固まる。

「え、っと・・・もしかしてさっき言いかけてたことって、まさか・・・」

「うん。だから“説教”。

今回はお酒の量が多かった所為で記憶があんま残ってないようだからまだいいけど、

オレの時なんかずっと昔に毛虫を肩に乗せたことまで引っ張り出してきつ大変だったんだから。」

ぶつぶつと言うほたるの言葉のほとんどが耳に入らず、紅虎は放けていた。

さっきの“せっ”で終わった言葉の続きは“きょう”だったのか・・・

てっきり・・・いやいや。止まった思考ではそれだけ考えるだけでいっぱいだった。

理解し終えた紅虎は渇いた声であははは・・・と自嘲気味に笑う。

「何や・・・説教かいな。」

「・・・何だと思ってたんだよ?」

「あー何もあらへんで〜」

未理解出来てないサスケの睨み上げて来る視線から逃げるように視線を外して、紅虎が答える。

「つーか先に言えよ。うるせぇじゃねぇか・・・。酒がまずくなる。」

眉間に思いっきり寄せて、狂がドスの利いた声でほたるを見る。

「オレはちゃんと言ったし。辰伶にお酒飲ませない方がいいって・・・」

「周りに聞こえねぇと意味ねぇだろうが。」

「そんなこと言ったって、皆が聞こうと「狂ーっ!!」

しなかったし・・・と続けようとしたほたるの言葉を遮って辰伶が叫ぶ。

他の者に対しての説教は終わったのか、周りにいる者はぐったりとしている。

狂の名を呼んだ後、辰伶は近くにいた紅虎やサスケ、そしてほたるにも見向きもしないで一直線に狂の元ヘ向かう。

「あぁ?何だよ。」

ズカズカと自分の前にやってきた辰伶を思いっきり睨みつける。

「“何だよ”ではないわ!貴様は人に失礼なことを言っておきながら謝罪の一つも言えんのか!

貴様という漢はその程度のものか!?昔から思っていたのだがな、狂!貴様という奴は・・・」

まだまだ続きそうな辰伶の話を右から左に聞き流していると、いきなり勢いを失ってプツンと途切れたので、

不思議に思って様子を伺うと、辰伶は何故か俯いたまま動かなかった。

「・・・どうしやがったんだ?」

「・・・・・・」

「おい・・・辰れ・・・!?」

話し掛けても返事がないのを不審に思って、前に一歩踏み出した狂の胸に、

辰伶がポスッと音を立てて倒れ込んできた。手は無意識なのか、狂の着物を握り締めている。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・オイ、ほたる。これは一体どういうことだ・・・?」

「知らない。オレは別に抱き着かれなかったし・・・」

「辰伶はん、今度は狂はんかいな!?」

流石にこのことは、ほたるも予想していなかったらしく、少し驚いた目で紅虎と共に二人を見ていた。

「チッ・・・おら、辰伶放しやがれっ!!オレは漢を抱く趣味は・・・」

自分の胸に引っ付いていた辰伶の肩を掴んで無理矢理つき放すと、

当の辰伶は静かにスースーと気持ち良さそうな寝息を立てていた。

「あれ、辰伶寝てたんだ・・・」

「・・・ったく、こっちの気も知らねぇで・・・辰伶っ!てめぇ起きろっつってんだろーが!」

叫びながら軽く殺気を放ってみても、辰伶は全く起きる気配がない。

「無駄だと思うよ?お酒飲んだ後に寝た辰伶は、何をしても当分は起きないし。

ある意味オレより手強いかも?」

ほたるは過去の経験上、こうなった辰伶は水をかけたくらいじゃ到底起きないことを知っている。


「そうかよ・・・ならほたる、辰伶(コレ)はお前が何とかしろ。」

そう言って狂は、掴んだままだった辰伶の肩をそのままほたるに預けた。

「え・・・なんでオレが・・・」

「てめぇの兄貴だろうが。言っとくが、そこらにほると切るからな・・・?」

そう言い捨てて、狂は立ち去って行った。

紅虎とサスケは被害を被らないように既にその場から離れていた。

「もう・・・辰伶のバカ・・・取りあえず邪魔にならない所まで運んだらいいんだよね?・・・めんどくさ。」

ボソッと呟いて、ほたるは辰伶の身体を背負って歩き出す。






「情けねぇな螢惑。漢ならそこはおんぶじゃなくて姫抱っこだろうが。」

二人の背中を見送りながら、遊庵がポツリと呟く。

「ホントよねー。ほたるってば意外と奥手なのかしら?」

「そりゃ傑作だなぁ。・・・あーそう言や、幸村はどうしたんだ?」

「あら?そう言えばいないわね・・・」

いつの間にか側から離れていた幸村を不思議に思ったが、特に気にすることもなく、二人は宴会に戻った。

さて、その頃辰伶を運んで行ったほたるはというと。

「・・・なんか辰伶前よりも軽い・・・。ちゃんと食べてんのかな・・・」

何処に辰伶を置こうかと歩きまわっていた。

何かいい場所はないかとキョロキョロしていると、調度目の前に一際大きな桜の木が写る。

「あ、ここなら皆の所から結構離れてていいかも。」

ほたるは見つけた桜の木の根本に辰伶を下ろす。また五月蝿く言われるのは嫌なので起こさないようにゆっくりと。

「・・・ていうか本当に起きない。隙だらけだし・・・」

ほたるは辰伶の寝顔を覗き込みながら呟く。辰伶の大きな金色の目は閉じられていて、長め睫毛が目につく。

さっきまで怒鳴り散らしていたのが嘘のように穏やかな吐息が、少しだけ開いた口から漏れていた。

それを何となく眺めていたほたるの中で、張り詰めていた何かが切れた音がする。

「辰伶ズルイ・・・オレもう我慢出来ないし・・・」

そう呟いたほたるはそのまま辰伶の方にゆっくりと体を傾ける。








2006.10.19 白露翠佳