それは、幸村の計画でかつての仲間が勢ぞろいして壬生の一角で花見という名の飲み会を開く少し前の話。








花見☆パニック(番外編)
〜ほたるの悪戯・辰伶の災難〜









「辰伶部屋にいるかな〜」

珍しく上機嫌な螢惑ことほたるは、日が暮れた後の暗い廊下を意気揚々に歩いていた。

その目的は、この先の元陰陽殿があったところに建てられた、現在の壬生の中枢を担う者たちの住む寮の一員であり、

ほたるの異母兄に当たる辰伶の部屋へ行くことだった。



壬生戦が終わり、狂の後を追いかけるようにして壬生を去った自分が、何の知らせもなくひょっこり帰ってきても、

3年前と全く変わらない対応をしてくれた辰伶。

最近は仲良しとまではいかないが、前のように言い合うことがなくなった。

たまに軽く運動をするという名目で手合わせをしたり、杯を共にして語り合ったこともあった。

そんな、やっと兄弟として成り立ってきた辰伶に、今日は悪戯を仕掛けてみようと思いつき、

迷いながらもここまでやってきたのであった。

別に最初はそんなつもりはなかったが、たまたま町で面白い情報が入り、何となく辰伶の反応が見たくなったのだ。

ゆんゆんこと遊庵に仕掛けても絶対面白くないことは分かっているので、

ここは誰よりも一番反応の良さそうな辰伶にと決めたのだ。


時間は遅くないと全く意味がない。辰伶がもうすぐ寝るであろう時間を見計らっての行動だった。


「辰伶いる?」

ノックもなしにひょっこり顔を覗かせると、読書をしていたのか、机に向かっていた辰伶が驚いたように後ろを振り返った。

「・・・っ。螢惑か・・・」

緊張が走っていた顔は、ほたるの姿を確認すると安心したように溜息をつく。

「誰だと思ったの?・・・お化け?」

「そんな訳ないだろうっ!」

顔を赤くして叫ぶ辰伶に、ほたるは自分の予想が当たったことを覚る。

「辰伶、今夜中だよ。」

「っ・・・・・・そんな夜中に尋ねてきたのは何処のどいつだ・・・。」

ほたるの的確なつっ込み(?)に辰伶は一瞬言葉に詰まるが、すぐに言い返した。

「まったく、何を考えているのやら・・・他人の迷惑など考えたこともないのだろうな。」

「そうそう。面白い話があるんだけど、聞かない?」

ほたるの辰伶の言葉を全く無視して突発的に話を進めるのは、今に始まったことではないので

もういちいち気にすることはしないようにしている。

「面白い話・・・?」

「そう。あのね・・・」

「待て螢惑。」

話し出そうとしたほたるの言葉を途中で辰伶は遮った。

あまり人の話の腰を折るようなことはしない辰伶のこの行動に、真意に気付かれたかとも思ったが、そうではないようだ。

「何?」

「話、長くなるんじゃないか?外を歩いてきたようだし、今茶を入れるから少し待っていろ。」

そう言って立ち上がろうとした辰伶の腕を、ほたるが咄嗟に掴む。

「・・・螢惑?」

「いい。いらない。それよりちゃんと話聞いて?」

真っ直ぐ辰伶の目を見つめて真剣な声で言う螢惑に、辰伶はどうしたものかと思いつつも

やはり兄として頼られることが嬉しくて、言われたとおり素直に座り直した。


「・・・・・・お前がオレに相談なんて珍しいな。」

ほたるの話の内容も勝手に相談だと解釈する。



「(相談なんか言ったっけ・・・?まぁいいや。)あのね、最近町で聞いた話なんだけど・・・」

そこから始まったほたるの話は、辰伶にとっては凄く奇妙な方向にずれていった。

昔壬生に住んでいた女とその恋人の話なのだが、何故ほたるが今そんな話をするのかが全く分からず

最初は大人しく聞いていた辰伶だが、どんどん進んでいくほたるの話に暑さではない汗が背中を伝う。

「け、螢惑・・・一体何の話をしているんだ・・・?」

「ん?いいから黙って、最後まで聞いて。」

話が大分終盤に差し掛かってはっきり分かった。明らかにほたるの話は俗に言う“怪談”だったのだ。

実を言うと、辰伶はお化けとか幽霊とかいった類の物が苦手だった。

正体が分からない敵にはどう対応したらいいのかさっぱりだし、

何より幼い頃に墓場のような暗い所で迷ったことがあるので、ある種のトラウマにもなっていた。

だけど、今更苦手だ等とは口が裂けてもこの異母弟に伝えることなんて出来ないし、

話を一度聞き始めてしまうと続きが気になってしまうのも事実なので、渋々聞くことにした。




「でね、様子がおかしいその女を友達が尋ねてきたら・・・」

中途半端なところで話を止めたほたるを不思議に思って、

辰伶は伏せていた顔を上げると、どうしたのかほたるは俯いたまま動かなかった。

「螢惑・・・?どうした、辛いのか?」

動かないほたるを心配して、辰伶は向かい合っていた机の反対側に回ってほたるのすぐ近くで話しかける。

「辰伶・・・その時に部屋を覗くと、その女が振り返って・・・」

「え・・・?」

脈絡のないほたるの話に、戸惑いを隠せない辰伶がその意味を理解する頃には既にほたるに腕を掴まれた後だった。

焦る辰伶に、ゆっくりとほたるが振り向いて・・・・・・

「み〜た〜な〜」

律儀にも辰伶の腕を掴んでいる方とは逆の手で青白い炎を出して顔を下から照らし出した。


「・・・・・・う・・わあああぁぁぁぁっ!!!!!?」


子供騙しではあったが辰伶には十分効いたようで、

今の時間を全く無視した声量で叫びながら、咄嗟に後ろにズザザザッと後ずさる。


その反応に満足そうに微笑んだほたるだったが、ドンッという物凄い音と辰伶の呻き声が纏めて聞こえてきて

少しばかり焦って顔を上げると、後ろに行き過ぎたのか辰伶は壁にぶつかったようで腰を抑えて屈んでいた。

「辰伶・・・?」

「―――――っ・・・」

「・・・・・・大丈夫?」

「喧しいっ!」

ほたるの心配の言葉も今の辰伶には厭味にしか聞こえない。

「・・・人が折角心配してあげてるのにさ、喧しいはないんじゃない?」

「うるさいうるさいっ!貴様がいきなりあんな事っ・・・!!」

「あんな事?」

ニヤニヤしてほたるが聞き返せば、辰伶はグッと言葉に詰まる。

「・・・っ。オレはもう寝る!お前ももう気が済んだだろ、帰れ!」

一方的にそう怒鳴った辰伶は寝室に行くために立ち上がろうとしたが

上手く腰に力が入らず、再び床にヘタンと座り込むことになる。

先程壁にぶつけたことも関係しているだろうが、完璧に腰が抜けてしまったのだ。



「どうしたの?」

「・・・っ。螢惑、肩を貸せ・・・」

「それが人にものを頼む態度?」

立ち上がったほたるを睨み付けながら言う辰伶に、ほたるはしらっと言ってのけた。

「喧しい!大体原因は貴様だろうがっ!!」

更にきつく睨み付ける辰伶だが、床にへたり込んだ状態では全くもって怖くない。

寧ろちょっと猫みたいで可愛いかも、と思ったほたるだった。

「(まぁ猫みたいにニャーしか言わなかったらの話だけど。)仕方ないなぁ・・・」

ゆっくりした足取りで辰伶に近付いたほたるは、

スッとへたり込んだ辰伶の横に跪いて軽々と辰伶を横抱きにして持ち上げた。所謂お姫様抱っこというやつだった。

「なっ・・・!?螢惑っ!オレは肩を貸せと言っただけで・・・」

「いちいちうるさい・・・。運んであげてるんだから文句言わないでよ。」

「だからって何故横抱きなんだっ!」

「アレ?辰伶、少し痩せたんじゃない?前より軽い・・・?」

辰伶の講義の声を全く無視してほたるは辰伶の体を上下する。

暴れ回っていた辰伶は、いきなりの振動で落ちそうになって慌ててほたるにしがみ付いた。

「いきなり何をするっ!というか前っていつだ!?」

過去にこのようにほたるに抱き上げられたことなど全く記憶にない辰伶は焦る。

まさか気付かない間に何かあったのか?と不安にもなった。

「ん?別に、ただそんな気がしただけ。ほらよく言う言葉の鞘・・・じゃなくて蚊帳?」

「“言葉の綾”だろ?」

首を捻るほたるに呆れたように辰伶が呟く。

「そうそれ。言葉の綾ってやつ。」

引っ掛かっていたものが取れたと言った顔に、辰伶はドッと疲れを感じる。

もう何を言っても無駄だろうと、少々気恥かしいが大人しく運ばれてやることにした。








「そう言えば、さっきの話の続きなんだけど・・・」

無事辰伶を寝台に降ろしてやった後、ほたるがおもむろに話し出す。

「その話はもういい・・・。」

「何?辰伶もしかして聞くのが怖いの・・・?」

「なっ、そんな訳ないだろう!!いいだろう!聞いてやるっ」

ニッと笑って言ってやれば、案の定辰伶は話に乗ってくる。

さっきこれ以上ないくらい驚いたのだから、これ以上のことはないだろうと辰伶は高を括る。

間違っても自分が怪談が苦手なんだとほたるに悟られるのだけは避けなければならない。

先程のことはただ単に驚いただけとしておかなくては。

そんなことで頭がいっぱいになっていたので、ほたるがこっそり“引っ掛かった・・・”

とほくそ笑んだことに辰伶は気付くことが出来なかった。

「でね、その女はそうやって若い男の生気を吸い取っていたんだけど・・・

噂によると実は今でも若い男を探して満月の晩に出て来るらしいよ?丁度今日みたいな。」

ほたるは意味ありげにそう呟いて、部屋の窓越しに月を見上げる。

チラリと見えた辰伶の手が僅かに揺れるのを見た所為で、どうしても顔の筋肉が緩むのを止められない。

悪戯は完璧に成功だった。怖いくらいに。

ほたるにつられて視線を外に移した辰伶の体は、分かりづらいほど僅かに震えた。

それを確認した後、ほたるはクルッと体の向きを変える。

「ちゃんと運んだからね。オレももう寝るから。」

そう言って部屋を出ようとしたら、クンッと後ろに引っ張られてその場に留まることになった。

後ろを振り返ると、辰伶がほたるの着物の裾を掴んで俯いていた。

「・・・辰伶?」

理由など分かりきっているのだが、どうしたの?と声をかけてみると辰伶はハッとしたように慌てて手を放した。

そんな様子も可笑しくて、ほたるは気付かないうちに顔に笑みを浮かべていた。

「な、何でもないっ!さっさと寝ろ。」

「・・・うん。分かった。」

言い終わらないうちに、辰伶の座っている寝台に乗り上げて文字通りさっさと布団に潜ってしまった。

「・・・螢惑、何をしているんだ?オレは自分の部屋に帰れと言ったんだ!何故オレの布団に入ってくる!?」

「だって、辰伶が寂しそうな顔してるんだもん。いいじゃん、一緒に寝よ?」

「ふざけるなっ!!誰が寂しそうだと・・・うわっ」

相変わらずの大声で怒鳴る辰伶を黙らす為に、ほたるは思いっきり辰伶を引っ張って布団に埋める。

そしてそっと辰伶の手を取った。

「だって、こんなに手が震えてる。怖いんでしょ?だからオレが一緒に寝てあげる。」

「こ、怖くなんか・・・っ!」

辰伶の詰まったような声にもさして気にせず、ほたるはもう寝る体制に入っている。

「はいはい。そんなことどうでもいいし。オレは辰伶と一緒に寝たいの」

そうやって言い方を変えれば、途端に辰伶からの抵抗はなくなる。

「・・・・・・ったく、今夜だけだぞ。」

「もう、素直じゃないなぁ・・・」

諦めたような、ホッとしたようなそんな声に、ほたるはこっそり笑う。




「ん?辰伶って・・・なんか懐かしい匂いがする。」

二人揃って布団に潜り込んでから少しして、ゆっくりと辰伶に近付いたほたるは

ふんふんと確かめるように辰伶の匂いを嗅ぐ。

「に、匂い・・・?」

「うん。何処かで・・・・・・」


――・・・・・・・・・いい子ね。おやすみなさい・・・――


考えを巡らせていたほたるの脳内に突然記憶が過ぎった。

「あ・・・・・・母、さん・・・?」

そう呟いてから確信した。記憶の中の自分に優しく微笑みかけている人物は間違いなくほたるの母だった。

「そうだ、辰伶って母さんの匂いと似てるんだ。」

「お前の母君か・・・?オレとは血は繋がってないんだぞ?」

変なことを言うのだな、と呆れたように笑った辰伶はますます母に似ている気がした。

「それでも・・・似てる。ちょっとしか覚えてないけど・・・でも似てる。」

そう言ったほたるは、本格的に辰伶に擦り寄って首筋辺りに顔を埋めた。

「螢惑!?何してるんだ。犬か貴様はっ!」

「オレの、世界で一番大好きだった匂いなんだ・・・。ねぇ、もう少しだけこうしててイイ?」

剥がそうとしても一向に離れる気配がないほたるに、ハァ・・・と溜息をつく。

「・・・・・・駄目だと言ってもどうせ止めないのだろう?だったら好きにしろ。」

ポンとほたるの頭に手を乗せてやると、嬉しそうに笑ったのが分かる。

「ありがと、辰伶・・・」

珍しく素直なほたるに、こういうのもたまには悪くないか、と思っていた。

そうしているうちに、辰伶はだんだん意識が遠のいていくのを感じた。

「・・・・・・オレさ、辰伶が兄で良かったと今は思ってるよ・・・?」

決死の覚悟だと思われる異母弟からの最高の言葉を、辰伶が最後まで聞くことはなかった。






次の日の朝

ゆっくりと目を開けた辰伶の目の前に飛び込んできたのは、こちらを見ている異母弟の顔。

「・・・・・・?け、螢惑っ!?何故ここに!!?」

「・・・辰伶、ついにボケた?」

大慌てで飛び起きた辰伶をほたるは呆れたように見る。

「あ・・・そう言えば昨日・・・ん?昨日っ!?」

一気に昨晩のことを思い出した辰伶は途端に顔を赤くさせる。

それもその筈、弟にあんな失態を見られたのだから。しかもお姫様抱っこまでされたし。

「思い出した?」

ニッと笑いながらほたるは辰伶を見る。

寝起きなのに珍しく上機嫌なほたるに、辰伶は拳を握り締めた。

「・・・〜〜っっ螢惑――っ貴様ぁ!!覚悟は出来ているんだろうなっ!!?」

力任せに飛んできた拳をほたるは難なく避けると、サッと寝台から飛び降りた。

「朝っぱらからうるさいなぁ・・・。寝顔は意外と可愛かったのに。」

「喧しいわっ!いいか!昨日のことは誰にも言うなよ!!」

バッとほたるの胸倉を掴みあげて辰伶は念を押した。

「はいはい。そう言えば、腰は大丈夫なの?今日はあんまり無理しない方がいいと思うよ?」

言われてみれば、若干まだ腰が痛いかも知れない。

が、それと共に昨日のことがまた過ぎって恥かしさが増し、掴んでいた手を放してほたるから視線を外す。

「・・・打っただけだから大丈夫だ。それよりも、絶対他の奴に言うんじゃないぞっ!!」

「ん〜覚えてたらね。じゃあオレは戻るから。」

更に念を押す辰伶に、ほたるは今度は曖昧な返事を返してサッと部屋から出て行く。

「あ、こら待たんかっ!絶対に言うなよ!!約束だからなっ」

さっさと部屋から立ち去る背中にもう一押ししたが、果たして聞こえていたのかは分からない。


だが、変な噂が立っていないということはほたるは約束を守っているのだろう。

それは良かったかもしれないが、そのことを理由に味を占めたほたるの怪談話に付き合わされることになる

ということを今の辰伶は知らない。



この日を境に、日が暮れてからほたるが辰伶の部屋を頻繁に訪れ、翌朝気分を良く帰って行くようになった。

因みに、遊庵が言う“螢惑の朝帰り”もこのことだ。

辰伶の体重が減ったのは、仕事の所為だけじゃないのかもしれない。










END。。。




あとがき てな訳で、ようやく『花見☆パニック』が番外編まで完結しました! いや〜長かった・・・(笑)始めてからもうすぐ一年経っちゃうよ。 あの夜には実はこんなことあったのですよってことで書きましたが、どうでしょう。 今回は趣味が出っ放し。まぁもともとこのシリーズは私の趣味の総結集みたいなものですが。 ほた辰ほたになるように頑張りましたが、やはりほた辰の方が強かった・・・ だけどこの二人はくっ付いてませんし、くっ付く予定もありません。純粋に兄弟としてのお話。 幼い頃に出来なかった兄弟らしいことをやってくれればいいなぁと思って。 一緒に寝るとかお風呂に入るとか、食事をするとか。そんな些細なことをしてると萌ゆる。 それくらいなら原作でしてても許されるのではないでしょうか。 そして今回は弟からの悪戯ですvv度が過ぎてますがね・・・いや、でもこんなのもありでしょう。 私はこんなのが大好きです。くっ付いてないけど怪しいってのがvvそして周りが大きく勘違い(笑) そう言えば今回の工夫(?)は一般にほたるは猫、辰伶は犬っぽいと言われているので逆にしてみたことです。 まぁあんまりやってることは変わりませんが。 辰伶はほたるのお母さんの匂いがするのですよ、きっと。(唐突) 正確に言うとオーラが似てるって感じなんですが、ほたるにはきっと匂いまで一緒に感じると思うんです。 今回一番書きたかったのはそこなんです。何だかおまけっぽくなりましたが。 それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました! 次の連載が始まった時はまたよろしくお願いしますvv 2007.2.23 白露翠佳



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